Matsumoto(原作LFボレ・作画フィリピ・ニクルー 訳者原正人)@誠文堂新光社

  • 2018.10.09 Tuesday
  • 21:50
評価:
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 誠文堂新光社。初歩のラジオ、レフレックス回路でトランジスタラジオを作ろう。

 

JUGEMテーマ:最近読んだ本

 

 巻末の解説が、切通理作氏だった。

 切通理作。小林よしのりvs宅八郎論争が華やかなりし1995年頃、「サリン気分」の名言を吐き当時の「SPA!」を批判した。自分もある意味、尊敬していた。もっとも、宅八郎も尊敬しているけど。とはいえ、その当時は「切通の言ってることが本当は正しいよな」「あはは、そりゃそうだ」と納得した。宅八郎は「気骨ある我がまま」、切通理作は「冷静に事実を見つめる社会人」と。

 そして時は流れ、オウム真理教も徐々に忘れられた頃、切通理作氏の「失恋論」という本を知った。こいつ、宅八郎が裸足で逃げ出す人間のクズ…

 

 『後半の「リュックサックから出てくる『うめ』」の件り、涙無くしては読めない。でも結果として、切通氏は、自分の極めて幼稚で身勝手な理由で、二人の女性に不幸をばら撒いただけ、そして自分も不幸になっただけなのである。

 

 小林よしのりvs宅八郎。正直、実力が違いすぎる。宅八郎vs切通理作こそが真のライバルだったのだ。将棋の世界で言えば、昔、将棋マガジンに載ってたライバル物語「桐谷広人vs沼春雄」みたいなイメージである。しかし、宅八郎も切通理作も、どちらも自滅的人生を送った印象がある。

 

 『ダメな自分、恥ずかしい自分を隠さず、気取った時代に反旗を翻すように己の道を行く…私はオウムのイメージの流布にまんまと乗ってしまい、自分自身は入信こそしないものの、ある種の同時代的なシンパシーを抱いたことを斧えている。(P.194)』

 彼のこういう心情は、ひょっとしたら「前世紀末」にも書かれていて、自分もそれを読んだのに、20年以上経って全てを忘れてしまったのかもしれない。しかし… 私が1995年3月20日を遥かに過ぎてから知った「あの漫画」に、彼はこんなにまでシンパシーを抱いてたのだ。

 

 漫画自体は、やっぱり日本人の方が優れてる。

 この漫画の最高の成果は、切通理作さんと再び会えたこと。

 

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